現象学研究会ホームページ開設ミニ記念対談

二人の馴れ初め、あるいは「現象学研究会」ができるまで


竹田
われわれ二人は、完全に自分たちだけの独学で哲学をやってきた。まあ師匠というのがいないんですね。そもそもわたしの場合、はじめ哲学には興味がなくて文芸評論からまず物書きの世界に入った。ただ30歳くらいのときにはじめてフッサールを読んで、これは面白い、と思ってはいた。

西さんと出会ったのは31か2くらいだと思うけど、批評を書き出すようになってから批評研究会という若手の批評家の集まりに顔を出すようになって、そこで小坂修平さんと知り合いになった。小坂氏はそのころ、西研とヘーゲル研究というのをやっていたんです。来てみたら、と誘ってくれたので、じゃ、ちょっと行ってみようかと。で、いってみたらなんとドイツ語でやっている。これは大変なところにきたなー、と思ったら西さんが非常に優しい人で、ドイツ語を勉強しながらやりましょうということになった。

西 「高円寺観念部屋」と名づけられた四畳半の部屋で、家賃をみんなで割って払って借りてたんですよね。そこに集っているいろんな人たちと、ヘーゲル研究会とか吉本研究会だとか、いろんな勉強会をやっていた。

竹田 で、始まる1時間前にその「高円寺観念部屋」に出かけてですね、ドイツ語の文法だとかを西さんに教えてもらって、その後ドイツ語で『精神現象学』を読んだ。それが西さんとの馴れ初めだね。

西 そうですねー。そのうち二人で話をしていて、「哲学なんかひとつ平らげてやろうか」ということになったんですよね。哲学はなんかおそろしげな言葉でいろいろいっているようだけど、ひとつ正体をあらわにしてやろう。こんなにおそろしい知の建物なんかはぶっこわしてしまおう。とくにヘーゲルなんかはいちばん悪いやつだから……なんていう感じで、「哲学平らげ研」というのをはじめたんですよね。

竹田 まあ若気の至りというのかもしれないけれども、哲学というのはちょっとしたことを非常に難しく書いていて、そのことによって、現代社会に圧迫をかけている、こんなこと、ちゃんと分かるように言えばいいじゃないか、けしからんという感度があった。そこではっきりさせよう、という変な気負いがあったんですね。それが結果としてはよく作用することになって、長く続けることになった。われわれ二人は、その研究会だけでずっと哲学のことをやってきたんだよね。

西 ぼくは大学でヘーゲルの『法哲学』とかも読んでたりしたんですけど、もうほとんどすべてはその研究会で読み込んできた。レジメもたくさんつくったし。

竹田 で、それで途中で現象学研に変わったんだね。というか、入れ替わったんだった。現象学研のほうは、東大のカリキュラムに好きな先生を呼んで自主ゼミを開いていいというシステムがあって、東大の学生が4人ぐらいでやってきて、現象学をやってきてくれないかと頼みにきた。東大まで行くのはたいへんなので、家に来てくれるのならやってもいいよ、といったら、数人集まって定期的にやるようになった。これが「現象学研究会」のはじまり。「哲学平らげ研」は平らげ研で続いていたんだけれども……どこかの時点でそれが合流したというか、発展的解消をしようというので、平らげ研を終わって、それで現象学研にまとまったんだと思う。それがまあこの現象学研究会の生い立ちということなるのかな。



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