人は、自分がもつ〈思・想〉の力を道具として、他者救済の経験からもろもろの意味を取り出すことができるのだ。〈思〉いは、自分を大切にすることであり、〈想〉いは、他者を理解しようとする心の働きのことである。言いかえると、自分自身の力で〈他者救済を思想する〉のだ。ちょっと、キザっぽく聞こえるかも知れないが、〈他者救済を思想する〉とは、他者救済の経験から、人(自分)と人(他者)とがともに生きていくための条件と可能性を探り出す思想的な営みなのである。