「哲学する感動―自分を知るための哲学入門」 椙山女学園講演 (2006/11/11)


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基調講演

皆さんこんにちは。「哲学」は確かにそう分かりやすくはない。分かってくると非常に中身があって面白いのですが、敷居が高い。まず言葉が分かりにくい。とても難しい言葉を使っているので、ふつうに読んでも分からないのが事実です。一方「科学」は言葉の合理的な体系を作る努力がありますが「哲学」にはそうした公準がない。そんなことがからんで、「哲学」が何であるかはとても分かりにくいものになっている。そこで今日は、「哲学」とは何かについて、できるだけ簡明にお話してみたいと思います。


(哲学って何?)
「哲学」の本で私が一番初めに読んだのは、サルトルの『存在と無』でした。その次に読んだのがカントの『純粋理性批判』、ふたつともとにかく最後まで読んだが、読み終わって考えると、何が書いてあるかまるで分からなかったんです。たとえば高校の教科書に、デカルトは「われ考える、ゆえにわれあり」と言ったとか、プラトンが「善のイデア」について言っているなどと書いてありますが、その意味をきちんと理解している生徒は殆んどいない。これは学生が悪いのではなくて、哲学者が余りにも難しい言葉で書いているためです。哲学がそんな奇妙な言葉の体系になるには、それなりの理由があったんですが、しかし哲学者の責任も大きいと言えます。
今日は特にヨーロッパ哲学が何を言っているのかから、まずお話ししてみたい。

一般に20世紀の後半から21世紀の現在までの「哲学」は、世界レべルではどうなっているのかと言えば、いまや断然「反哲学の時代」です。つまり「哲学は無用のもの」であるというのが世界思想の流れです。これは19世紀半ばぐらいから始まっている。

(世界の謎、存在の謎)
ところで、「哲学とは何か」という問いに対する一番わかりやすい答えは「世界の謎、存在の謎」と言われること、たとえば「世界はなぜ、いかに出来たのか」「死んだらどうなるか」「何のために人間は生きているのか」といったことを考えるものだと言えば、わりと納得されやすいでしょう。これらの問いは、誰でも少しは考える問いなのに、答えのなかなか出ない問いでもある。したがってだんだん気持ちの中に溜まってくる、そういう問い。これらは文明発生以来の大昔から、人間にとっての根深い問いになっていた。宗教の神話をみるとその証拠になります。どんな宗教でも固有の「物語」を持っており、それらの問題について「物語」のなかで答えを用意していたということがある。

 「哲学」はどの文明でも宗教の後に現われてきた。「哲学」では、宗教でのような「物語」を使わない。「物語」は期せずして紀元前5世紀ごろにインドや中国やギリシャで民俗宗教として共同体の中で流通してきたが、それは「物語」を使うためにその共同体の中でしか通用しなかった。
「哲学」は「物語」としてではなく、「概念」を論理的に使うこと、「原理」を提出すること、という独自の言語ゲームになっている。「概念」を使うことで、共同体の外に出ても話しが通じる。その意味で、「哲学」がギリシャのミレトスから発生したことは象徴的です。つまり、そこは西と東の交易の中心で、様々な人々が出会う場所であった。そういう場所では共同体固有の「物語」は通用しないし意思疎通ができない。そういう場で「哲学」は生まれてきた。「哲学」はそういう独自の方法を持っている。こういうことはあまりふつうの教科書には書かれていません。

ところで、一般的に「哲学」は「形而上学」であるという言い方があります。「形而上学」とは形を持ったものを越えたものについての学、ということ。アリストテレスがはじめに「形而上学」という言葉を使った。で、哲学と科学とは大いに異なる考え方だというのが、いまでもかなり流通している考え方です。しかし、一方で、今は「反哲学の時代」と言われている。ヨーロッパでは「哲学」は不評なのです。いま現代思想では、フランス経由のポスト・モダニズム思想が全盛ですがしかし、これもそろそろ終わりかけている感じがある。それ以前では、マルクス主義が全盛でした。彼の「哲学者は世界を解釈してきたが、問題なのはどうやって世界を変革するかということにある」という言葉は、かつて私にも非常な説得力をもって入ってきた。ポスト・モダニズム思想もマルクス主義も、哲学を形而上学として強く批判しています。

近代哲学はヘーゲルが最高峰ですが、その後フランス実証主義の創始者オーギュスト・コントが出てきて、「形而上学」としての哲学は終わりにしようと言った。コントは、伝統的な哲学は「世界の根本原理」や「世界の究極原因」を突き止めようとするものであり、それを「形而上学」だ、と言った。別の表現でいうと「世界の真実、世界のほんとう」、「絶対的な真実」をつかまえようとするのが「形而上学」であるとされているが、しかしそれは無理がある、と。そして自然科学を基礎に、経験的に実証しながら必要なものを理解していく、これからの人間の認識のありかたはそういう「実証」的な知であるべきだ、と彼は言った。これは実証主義と言われます。

次に、現代の言語哲学を代表する哲学者ヴィトゲンシュタインにも、「哲学は語りえないものについては沈黙せよ」という有名な言葉がある。このことが言おうとしているのは「哲学」はこれまで「世界のほんとうとは何か」「世界は何であるか」「なぜ生きるのか」という語りえない問いをしてきたが、それは無駄な問いだから、もうやめにしようということです。これは多くの人の共感を得た。

しかし、そういう「哲学」は役に立たないという考え方に対して、まったく逆に「哲学」は「形而上学」である、と主張する人もいまの日本の哲学者にはけっこういて、両極が存在している。
しかし私の考えでは、両方とも妥当ではないと思う。私はもともとは「哲学」ではなく「文学」や「評論」から入った。その後両方やっていたのだが、10数年前からは、「哲学」に興味を持つようになった。哲学をほんとに読み始めたのは30歳過ぎですが、読んでいくうちに「哲学」のエッセンスがだんだん分かってきた、そういう感じがあります。

(哲学は「原理」の学である)
私にとって「哲学」というのは答えの出ない問いを延々考え続けるべきという「形而上学」でもなく、「もう終わってしまった無駄な問いの方法」でもない。私にとって「哲学」とは独自の方法をもった「原理の学」であり、また、近代において特別重要な役割を果たしたし、もしそれが自覚できれば、同様に現代でも、きわめて重要な役割を果たすことのできるものです。
また、「哲学」は「原理の学」であるということだが、たとえば、何か問題を考える場合、「どうも友達とうまくいかない」とか、どんなことでもいいが、それについては幾つかの意見が存在する。たとえば、いじめの問題を考える場合、その原因について「親が悪い」、「教育が悪い」、「子どもが悪い」といろんな考え方や意見が出てくる。しかしよく考えてみると、これらの意見は、「始めの感覚」、「始めの直感」「直感による意見」と言うことができる。

(信念補強的思考と信念検証的思考)
一般にわれわれは大抵の場合、そうした「始めの感覚」、「始めの直感」による考え、意見について「信念(直感)補強的」に考える。たとえば、「先生が悪いに違いない」、という直感があると、その直感を補強するために、一生懸命本を読む。わたしも学生のころ、「世の中が悪い」というところから出発してそれを補強するために本を読むということをした。大体そういうことになる。「親が悪い」と思う人も同様である。すると、それをいろんな知識で補強し実証しようとする。それをずっと10年間もやれば、いっぱい証拠が集まり、そのことについて相当に言えることになる。知識としての「哲学」をそういった「信念補強的」に使うこと、ある権威を持たせようとして利用する人は多くいるが、それは哲学の本来から完全にはずれたことです。

これに対して、「哲学」の考え方は「信念検証的思考」です。近代社会、現代社会では、いろんな考え方が許容されている時代、社会なので、一つの問題について必ずいろいろな考えが出てくる。
たとえば、近代哲学の祖といわれるデカルトは、「われ考える、故にわれあり」と言った。これは字面どおりの意味だけでなくて、いままで世界は神様がつくったと考えられてきたが、正統なキリスト教が堕落しいろいろな矛盾が出てきて、「ほんとうにそうだろうか」と近代の知識人はそのことを考えようとした。デカルトは、誰もがなるほどと納得できる一致点、考えかたの出発点を作るべきだ、と言い、そしてそれが本当に正しいかを確かめなければならないとした。この言葉にはそういう意味合いがあった。哲学的な思考は、任意の物語ではなく、誰もが納得できる権利的な始発点を必要とする、ということ。「始めに神様があり、世界を創った」というふうには考えない。それでは土台が検証できない。デカルトはそう考え、そこから出発した。「自分はなぜこのように考えるのか」「自分の考え方はどの程度普遍的なのか」「なぜ人と考えが違うのか」と考え、そういうことを確かめてみようとした。つまり自分の信念を検証しようとした。優れた哲学者は、必ずそういう思考法によっていることがだんだんわかってきます。

よく、近代哲学は観念論であり、観念から出発すると言われている。観念論、これはかなり評判が悪いが、しかしそれはありふれた誤解です。観念から出発するというのは、自分の内側にもっている観念のありかたをもう一度検証するということだった。デカルトはカトリックの信仰を持っていたけれども、自分の信仰と考え方の原理は、まったく別のものとした。で思考の普遍的な方法を確かめてみようとした、こういうものが「哲学」の方法であり「原理」だった。「哲学」というのは「原理」を考える。この「原理」を説明するのはそう簡単ではないが、「原理」という考え方が「哲学」のまずもっとも重要なキーワード。自分の考え、自分の信念を「補強」するのではなくて、「自分の考えは他の人の考えとどこが違うのか」「何故違うのか」と考え、そのことを検証していこうとするような考え方。です。

(哲学は「原理」を見つけ出す学)
たとえば、平泳ぎの北島康介の泳ぎ方を考えるというTV番組があった。足の甲の角度や蹴り方が、もっとも抵抗を受けるような角度で蹴ると速い。そんな具合にもっとも合理的な泳ぎ方の原理を取り出すことができる。哲学の「原理」を考えるというとき、「達人」という言葉と対比して考えるといいかもしれない。たとえば水泳の「達人」は、速く泳げる理由を「経験知」として持っている。しかし、それを言葉で伝えることは難しい。「達人」の言う言葉は含蓄があるが謎めいていて、うまく伝わらない。「原理」の言葉は、なぜそうなるかを調べ検証して、言葉で意識化する。そして意識化できたものをある「概念」として置いておく。するとそれはだれでも使えるものになる。
「原理」は概念としてその理由を納得した形でとっている、これが「原理」という言葉の基本です。

たとえば、「哲学」と「科学」は全然違う、と言っている哲学者の代表にヤスパースがいます。「科学」は、近代以降みんなが理解できる共通了解を出してきた。それに対して「哲学」からは共通了解が出てこない。しかしそれが「哲学」のいいところで、答えの出ない生と世界についての問いをどこまでも考えるのが哲学のよいところだ、と彼は言った。しかし私の考えからは、これは形而上学としての哲学で、まさしく終わっている。終わっているというのは、哲学はそういう段階をもう過ぎてしまって、もう二度とそこには戻らないということです。
そもそもギリシャの哲学者、ミレトスのタレスにしても、万物の原理は、神が創ったのではなく、「水」であるとした。この意味は、世界はある単位が組み合わさってできているということで、この考え方は誰でも納得する考え方ですね。「科学」もそう考える。世界を誰かが創ったものとは考えずに、世界は単純なものが組み合わさっていろんなものが出来たと考える。そのことで自然に対する処理の可能性、操作可能性が出てくる。優れた哲学者の考えは、必ずそうやってみなが納得できる「原理」を考えるものであった。

しかし、問題は、あまりに近代の哲学者が難しい言葉を使ってきたので、「哲学」にはそういう「原理」についての思考のありかたがある、ということが理解されなくなってしまった。こういう事情を、哲学者や哲学の研究者たちはよく考えないといけない。「哲学」にはちゃんと「原理」があり、この考え方を応用すると、社会的問題にせよ、人間の問題にせよ、きわめて重要な役割をはたすことができる。それが私の考えです。

(アンチノミーについて) 
「哲学」が今言った「原理」を作り出しているか、確かめてみましょう。近代哲学者の初代のチャンピオンはデカルト、2代目のチャンピオンはカント。3代目のチャンピオンはヘーゲル。4代目はニーチェですが、カントに「アンチノミー」(二律背反)という議論があります。

アンチノミーの議論というのは、「世界のほんとう」は分かるだろうかという問題です。近代哲学以前の「スコラ哲学」では、世界の究極原因は「神」であるということは自明であった。つまり「世界のほんとう」の答えは出ていた。しかし、では、それをどう証明することが出来るのか。答えは出ているが、それでもいろいろ疑問は残った。たとえば「神」が創った世界であるのに何故悪が存在するのか、などといったような疑問を論義していた。 しかし、こういう考え方は終わりにしようと言うのがカントです。そして、「世界のほんとう」とは何かという問いは決して答えられない、ということをカントは『純粋理性批判』で証明しようとした。

カントはそうした「世界のほんとう、世界の謎」の問い方を集約すると以下の4つになると言う。

1)世界の果てはあるのか?(世界の大きさ、時間的極限はあるのか。)
2)最小物質はあるのか? (分割しきれない最後のものが残るか。)
3)人間はほんとに「自由」か?(第三の問いは、これもなかなか微妙な問いですが、因果性の問いと言えます。たとえば、私は今、このテーブルの上にあるコップの水を「自由意志」で飲んでいると考える。しかし、それは肉体の要求から出ているので「自由意志」などではない、とも言える。)
4)神は存在するのか?(最高存在、至高存在についての問い。)

この4つの問いに答えることができれば「世界のほんとう」が理解できるはずだが、カントの答えは、その一つひとつを検証した。むかし埴谷雄高という文学者が学生運動で捕まったとき、カントのこのアンチノミーの議論を刑務所の中で読んで、哲学とはすごいものだと震撼した、という有名な話があるが、カントは延々とこの四つの問いに答えていく。そして「世界のほんとう」は究明できない。そのことは論理的に証明できる、と主張した。

カントは、この四つの問いに対して、両方を証明するという方法をとった。たとえば最初の「世界の果てはあるか」という謎。これは時間的には起点の問いといえるが、もし時間的な出発点があるとすると矛盾が起こる。なぜなら、カントのいう「理性」は推論の能力のことですが、われわれの「理性」は、何かあることがらがあると、なぜそのことがらが起こったのかと考える。与えられるものがあると、なぜそれがこうなっているのか、起点が「ある」というと、なぜその起点がでてきたかと考える。絶対的な起点が「ある」とすると、ずっと先まで続いている。つまりそれは「無」から「有」がでてくるということになり矛盾する。それでは万人が納得できない。無限に時間が存在したというふうに言われると、先が見えなくなって茫漠としてしまい、「理性」は納得しない。「理性」は、完全性あるいは全体性に至るまで推論を繰り返すので、「ある」といっても「ない」といっても、どっちにしても「理性」は納得しない。従って「ここが起点だ」と言っても決着がつかない。絶対的には証明できない。
別の言い方をすると、われわれは一般に大昔を辿ることは、知ること、調べることができるはずだから、どっちかが正しいだろう、と思うのだけれども、しかし、カントに言わせれば、それは誰も検証できないし、実証できないことだと言った。カントは、その違いは、ただその人の「推論の仕方のタイプ」によるのみだ、そういう種類の問題だと考えた。

もうひとつカントは丁寧につけ加えている。「世界に果てはあるという人と無いという人」「最小物質があるという人と無いという人」「自由はあるという人と無いという人」「神、最高存在があると言う人と、いないという人」がいる。しかしそれはタイプによって分かれる。世の中と調和的心性を持った人、そうでなく懐疑論的な人というふうに、人間は、「信念補強」にしたがって、推論のタイプが分かれる。しかし、われわれが実際に考えることが出来るのはこの「推論のタイプ」だけである。どっちが正しいというものではない。したがって「推論のタイプ」しか答えられないということは、「極限の問い」「根源の問い」「世界の絶対的なほんとう」といった問題について、「答えはない」し人間は絶対に到達できないということだ。これがカントの証明です。
よほどの専門家でない限りカントがそんな証明をしたことを知らないが、カントに続く近代哲学者はみなこのカント考え方を引き取って先に進んでいる。

つまり、「世界の究極原因」を問うのはもう無駄だと認めて、もっと大事な問題、軸になる問題について考えよう、ということになった。もう「形而上学」は終わり。それまで近代哲学で延々とやってきた世界の究極問題の追及をやめよう。そして世界の究極問題ではないもの、人間にとってもっと大切なものがあるのではないか。それは道徳、つまり人間の価値の問題である。そうカントは言った。そういう言い方で古い「形而上学」を焼き滅ぼしてしまった。

それまで、多くの人が、形而上学を探究していたが、このように、「世界の究極原因」は決して追求できないものであるということが分かると、一瞬大きな「絶望」が生じる。しかしその次に「希望」があらわれる。つまり「なぜ人間はこのような問題をずっと問うてきたのか」ということが初めて視野に入ってくる。その答えは、人間は「自我」をもち、世界との関係を意識し、世界の全体の像を知りたいということの「不安」を持つ。それだけではなく、人間には「よく生きたい」というものが必ずある。そこで「ほんとうとは何か」という問いが出てきていたことがわかる。
 こうして「形而上学」を打ち滅ぼすことによってはじめて、その次の問題を考えることができるようになる。カントはそのことに対して極めて自覚的だった。「形而上学」を終わりにして、もっと人間にとって重要な問題、「よいとは何か、悪いとは何か」という次の問題、つまり人間の「道徳」の問題に向かったわけです。
少し別に言うと、それまで人々は、つまり真の「信仰」のありかたを考えていた。これが「形而上学」です。真の信仰を見つけ出すことで、世界はよくなるはずだと。しかしカントの原理は「形而上学」の不可能性を示した。これで、人々はようやく真の信仰があるはずだという考えを断念した。そのことで、世界をよくするには、人間と社会について新しい考えを作り出す以外にないという方向に向かった。そういうことです。

こうして、近代哲学をずっと読んでくると、このカントのやったことは非常に大きなことだったということが分かる。なぜならそれは今日でも十分に通用することだからです。議論するときに、かならず信念補強で対立してしまいがちなわれわれにとって、「これは、本当に答えの出るものなのかどうか」を一度考えてみると、がらりと局面が変わる場合がある。あるいは「なぜこの対立が起こっているのか」と問う、そうした態度が、哲学の「原理」を取り出すという考えかたの中に含まれている。そのことをカントは、このアンチノミーのなかで非常に象徴的に示している。だから「哲学は形而上学」だ、という考えは哲学の進み行きでは、もう200年前に終わっているわけです。それは意義ある哲学としてはもうけっして再生しない。

そんな具合に近代哲学者は、考え方の「原理」を少しずつ推し進めてきた。人間の考え方はだんだん人間と社会の合理性に少しずつ向かってきた。「原理」の言葉は「達人」の言葉ではない。「達人」の考えが悪いわけではないが、「達人」の言葉には文学的な良さがあるが、しかし「原理」には「原理」のよさがある。そのことがわかると少し先に向かって進んで行ける。よい考えに少しずつ向かっている。
カントの考え、言い方はとても分かりにくいけれども、もしそれを十分理解することができれば、「絶対的、究極的な問いは答えがない」ということを、どのような人も必ず納得できる、殆んどの人が納得できるものである、ということがわかるはずです。

(プラトンのイデア説)
プラトンの哲学について考えてみます。その先生はソクラテス、彼は本を残していない。ソクラテスの弟子のプラトンは、「あらゆるものにはイデアがある」と言った。これがイデア説。一般的にはどう言われているかと言うと、マイクにはマイクのイデアが、机には机のイデアが、竹田には竹田のイデアがある。「あらゆる個物は、イデアという本質にあずかって存在する。」つまり本体があって現象がある。イデアというのは雛形、本質であり、その具体的現れとして個物がある。こういう彼の考えは、「本質実在論」あるいは「実念論」といわれている。しかし、これは何を言っているかなかなか分かりませんね。

プラトンの『国家』の中に、「洞窟の比喩」というのがあって、それはイデア説の説明とされている。そこでプラトンは、われわれは影絵にすぎないもの、現象にすぎないものを現実だと考えている、と言う。我々人間は杭に縛られて前しか見ることができないが、ほんとうのものは、洞窟の背後にある太陽という光源である。……これもよくわけの分からない説明です。
ここでプラトンが言いたいことを私が翻案してみます。われわれは自分のいろんな知識を持っていて、それこそが「普遍的な知識」だと考えている。つまり、誰でも自分の「信念」であるものを、「真の知識」だと考えている。しかしそれは「普遍的」ではなく「主観的な知識」である。もし、われわれが「真の知識」を手にしたいなら、それを多くの他の知識で傍証しているだけではだめで、特別の方法が必要である。これは私がさっき述べた「信念補強型思考」と「信念検証型思考」の考え方に対応しています。

プラトンはこの洞窟の比喩を、「陶冶(とうや)の本質」つまり「教育の本質」についての話だと言っている。つまり、どういう「原理」で人間の知恵、知識は、深くなるのか、つまり主観性や信念であることを離れて、普遍的なものになるのか。知識が深くなるというのは単に知識が増えるということではなくて、われわれの主観的な思惑が段々普遍的になってくることだ。そしてそれを保証するのが、「善のイデア」である。それがプラトンの説です。
これも翻案が必要です。われわれはみな主観的な自分の信念を持ち、それを補強しようとする。それが「普遍的な知」になるためには、つねに「なにがほんとうによいことなのか」という「よい」に向かう気持ちが条件として存在しなければ、この「陶冶」に導かれない。プラトンでは、「真のイデア」ではなく「善のイデア」が最高の審級ですが、たえずこの「何がよいだろうか」という問いに導かれるような場合にだけ、個々の信念は「普遍的な知識」へと導かれうる可能性を持っている。「善」はふつうは道徳的、利他的な価値と解されているけれど、プラトンの「善」の本質は、生を深くするもの、関係をよくするもの、としての「善」です。

さらにこの傍証ですが、プラトンにエロス論、恋愛論があります。哲学者の中でほかにエロス論をやっている人はきわめて少ない。バタイユがエロチシズム論をやっているが、哲学の恋愛論はまずプラトンだけです。ただ、ギリシャなので、このエロス論は基本的に青年愛です。ギリシャの時代では青年愛は普通だった。しかし、その中身は普通の恋愛論としてみても全く適合的なのが、驚きです。

一般には、プラトンの恋愛論はプラトニック・ラブということで知られている。プラトンが言っていることは、だれでも人間はまず、美しい肉体への愛から出発する。しかし恋には適切な道、正しい道というのがあり、はじめは必ず美しい肉体へのセクシュアルなものから始まるが、次第にその人間の性格の良さとか、心根の良さとか、営みの美質に対する愛に変わっていく。そして最後には、美のイデアそのものに対する愛に向かっていく。こういうことをプラトンは『饗宴』や『パイドロス』で書いている。これは普通に言われているようなプラトニック・ラブ、つまりセクシュアルな愛よりもプラトニックな愛のほうが価値がある、ということの代名詞のように言われているが、これは誤解です。

プラトンの「愛」についての考えの本質は、美しい肉体への「愛」も、人間の「美質」そのものへの「愛」も、ともに美に対する「愛」ということにおいて、その本質が同じである、共通本質である、とするところにある。キリスト教の場合は、アガペーとエロスとをはっきり分けて、善悪の二元に振り分けますが、プラトンの場合にはその逆である。むしろ、それは一体のものであるが、もしある条件に導かれるならば、美しい肉体から始まって、だんだん人間の「美質」それ自体にまで高まっていく、そういう「原理」があると。それがプラトンの考えです。

 さきの洞窟の比喩を、この考えと重ねてみます。人間は誰でもはじめ自分の「直観」から始まる。つまり「自分はこれが正しい」と思う、というところから出発する。だれでもそこから出発せざるを得ない。しかし、ほんとうに「よい」ものは何か、という問いに導かれる場合だけ、自分の直観を変えて行く可能性がある。先に言ったようにプラトンでは「善のイデア」が一番すぐれたもの、イデアのイデアです。それはわれわれの認識や、美的な感受性や価値観が「よいとは何か」という問いに導かれてだんだん高くなっていく可能性を持っている。「よい」とは真理、つまり正しい認識の原理ではなく、エロスの原理である。エロスが「正しさ」に先行する。また「エロス」が主観的な場面に固執するのでなく、関係のエロスに導かれるときだけ、われわれの「恋」は、より深くなり、われわれの「認識」つまり「教養」はより深いもの、普遍的なものになる。プラトンの言い方は、わかりにくいけれど、すでに2500年以上前にそういう「原理」をつかんでそれを示そうとしていた。

わたしがここで言いたかったことは、「哲学」は特に「人間の本質」について考えようとしているということです。タレスの「万物の原理は水である」からはじまって、ソクラテス、プラトンに至って、はじめて「世界の究極原理とはなにか」という言い方をやめて、「本当に探求に値するものは人間にとっての良いものとは何かだけであるということがわかった(ソクラテス)」という問題です。プラトンはこのソクラテスの一番のエッセンスをつかまえて、「正確な認識というものがあるというのではなくて、ただ認識・知恵が高まっていくということがある。それは、認識が拡張されて多くのものが実証されるということではなく、「よいとは何か」という問いに導かれて、個別的な信念が、普遍的な共通了解に変わっていく、そういう時に人間の「知恵」が深くなるということで、それがプラトンの哲学の中心点です。これは「人間の探求」のギリシャ哲学の大きな出発点であった。この問題は近代哲学にもきちんと受け継がれてきて少しずつ進んで来ている。プラトンの問題の設定自体が非常に大きな問題であった。「善とはなにか」「美とは何か」について非常に大事な直感を置いた。

(戦争をなくすことができるか)
さて、近代哲学に移ります。近代哲学ももちろん人間の問題を考え、それを大きく進めたけれど、もっと大事なのは、近代哲学は新しい「近代社会の原理」を作ったということです。これは決定的なことだった。
こんな風に考えてみます。人間の本格的な共同体社会は、まず紀元前4000年くらいからはじまったとします。すると、いま6000年くらい続いてきたわけだけれど、本格的に近代社会が成立したのは、まだせいぜい150年くらいです。それまで、5800年の間は、人間社会は、重たい三角形のヒエラルキー社会だった。ヒエラルキー社会は、なぜかたいてい1割から2割の支配層と、8割から9割の絶対的窮乏状態におかれた被支配層という構成になっている。そこで、この9割の被支配層は、つねにただ労働と生産だけ行い、1割の支配層が、消費と享受をもっていた。これが人間文化の発生以来の絶対的な社会構造だった。近代社会が、はじめて、一般の民衆が労働だけでなく、消費もし享受もすることが可能となる構造として作り出された。それはまだ人類全体にはゆきわたっていないが、ともあれ、200年ほど前にはじめて人間の歴史に登場した社会だった。なんといっても、この近代社会のしくみの原理を全て作り出したのが、近代哲学の最大の功績です。
 これを別の言い方で、もっとわかりやすく言うと、いかに「人間社会から戦争を抑制する」原理を見いだすか、また「固定支配をなくす」原理を作り出すか、という問題です。近代哲学はこういう問いを立て、その原理を見つけ出した。これが近代哲学の最大の功績ですが、やはりうまく理解されていません。

ヨーロッパの歴史は、15世紀はイギリスの内乱の時代。もちろんフランスでも戦争をずっとやっていた。16世紀は宗教戦争の時代。プロテスタントが出てきて血を血で洗う戦いがヨーロッパ中に蔓延した。17世紀になってようやく啓蒙主義の時代となる。だんだん新しい考えも出始めてきた。そして18世紀へ。この200〜300の間に「哲学」が、それまでの中世的な、キリスト教を中心とした考えを全部ひっくり返して、「近代社会」「市民社会」という全く新しい概念の社会の原理をつくりあげた。その始発点のモチーフは「いかにして戦争をなくすか」ということだった。そういう考え自体が、それまでまったくなかったものです。

ところで「戦争はなくなるか」とか「差別はなくなるか」という問いを置いてみると、戦争も差別も完全に無くなるには、とても時間はかかる。しかしそれがなくなる「原理」ははっきりしている、それはすでに見いだされている、というのが私の考えです。差別をなくす「原理」も、戦争をなくす「原理」も、近代哲学のなかではじめてつかみ出された。戦争をなくす「原理」、これはわたしの言葉では、「社会的暴力縮減の原理」ですが、それを近代哲学がはじめに作り出した。いかに差別を克服するかの原理も同じです。

誰がそれをはじめたか。ホッブスという人です。彼は17世紀の始めに『リバイアサン』を書いた。ホッブスは王政を擁護したことから、いろいろ非難されている。たいてい王権に反対したロックのほうが偉いと言われています。しかし、哲学的にみると、ホッブズの仕事がはるかにすぐれている。というのは、ホッブスは、「どうすれば戦争をなくす事ができるか」の「原理」をはじめに示唆したからです。といっても、ホッブスはいまでもそんな具合にはあまり理解されていません。

ホッブスの考えのキーワードは、「万人の万人に対する戦争」です。彼の説はこんな具合です。人間は誰もが「欲望」と「不安」をもっている。人間はどんぐりのせいくらべで、どれだけ強い存在がいても、五人集まれば勝てるので、つねに安全を確保するための策謀が動く。もし動物のように共謀なしなら、自然が絶対的な秩序を決めるが人間社会ではそれがない。強い存在がいても絶対的な秩序の安定というのは起こらない。従って、人間をこの不安のうちに放置すると、必ず「万人は万人に対して戦争する」。これが彼のつかんだはじめの原理です。ホッブズのこの考えに対して、この考えは余りに性悪説ではないか、と批判する人がいまでもいるが、あまりにもとんちんかんです。性悪説もなにも、人間の歴史をみればまさしく「万人の万人に対する戦争」がずっと続いてきた。なぜそうなるのか、その根本原理は何か、それをホッブズは正確に示しているからです。

人間(集団)は、隣の人と言語が違う、宗教が違う、顔も知らない、生活習慣も違う、そうなると必ず不安が起こる。さらに、その不安をなだめる為に、自然の定める絶対秩序が存在しない。そこで、あちこちで強い集団が弱い集団を支配し、共同体を強くしていくという、戦乱状態がどこまでも続く。最後に絶対的に強大な支配の三角形までいきついて、はじめて収まる。これはまさしく、中国でも、インドでも、エジプトでも、ローマでも、古代の帝国のどこにからでも取り出される原理です。

ホッブスはこの状態を一つのテーゼにまとめた。「万人の万人に対する戦争」つまり「普遍戦争」状態を抑止できる「原理」は一つだけである。強力な権威と権力ができて、実力や権威をそこに集中して、その権威者が、絶対的ルールを作る。そして人々がこの権威とルールにしたがう。この状態が生み出されないかぎり、私闘が普遍的となり、それを誰も抑止できない。これがホッブズの提出した「原理」です。哲学はいつでも「原理」から出発するわけです。
 ホッブズは内乱の続くイギリスの状態を憂慮していたので、この原理にもとづいて、人民の生命や財産を大事にする条件をしっかりつけた上で、イギリスの王権にもっと権限を与えよ、と主張した。ロックは、ホッブズの原理の上にのっかって、最高権限を、いっそ王権じゃなくて、人民主権にゆだねよ、と言った。時代の進み行きからはロックの方向に向かったので、ロックが偉いとされているのだけど、はじめの原理はあくまでホッブズが出したものです。「万人の万人の対する戦争」を縮減する原理は、強大な権限を集中して第一人者と強力なルールを作るしかない。この考えは、戦争は、相手が邪悪なので起こる、あるいは神の御心によって起こる、という考えしかなかったそれまでの観念を、大きくひっくり返すものだったし、何より、いったん提出されると、人間社会の「暴力原理」として、いまでも通用するきわめて本質的な原理だということが分かります。ホッブズはだから王様を強くするのがいいと言い、ロックは、人民の政府のほうがもっといい、と言ったわけです。

ホッブズの原理は、私の言葉で言い直すと、「覇権の原理」と言えるものです。先に言ったけれど、これは歴史的にはまったく普遍的です。中国、インド、ペルシャ、ギリシャ、ローマ。どこでも、古代帝国が典型的に存在する。そのあり方は、いわば全国高校野球甲子園大会のようなものです。覇権が定まらないところでは、我こそと思わんものは、というのが出てくる。そして、どんどん闘いあう。そしてたくさん殺されて、一番最後に誰かが生き残ったら、そこではじめて皆は納得し、彼が一番強いから彼に王として従おう、となる。これが「覇権の原理」。

 さて、歴史上、人間の社会が暴力を縮減する方法は一つしかなかった。「覇権の原理」しかなかったと言えます。ところが「覇権の原理」は、「原理」ではあるが非常に不安定です。というのは「覇権」とは強いものが王(第一人者)になるという「原理」。だから状況が変わってより強い者が出てくると、また覇権をめぐって戦争が起こるということになる。強いやつが「王」だという原理は不安定で、社会的にはきわめて不都合です。それで歴史的にはいろんな工夫がなされて、代表的なものは、まず「血統」です。血統を重んじて、長子継承と決めておく。そうしないと、いつでも争乱が起こる。つぎに宗教です。宗教の権威をうんと高めておいて、「王権」に強力な宗教的権威をもたせる。ヨーロッパはこの方式で、キリスト教が大きな役割を果たした。そして一旦決まったらなるべくその決まりを動かさないようにする。これが、いままで無意識に取られてきた暴力縮減の「原理」。

大事なのは、ホッブスが「暴力縮減の原理はこれしかない」として提出するや否や、つぎつぎにそれをより強化する原理が出てきたということです。哲学はそういう原理についての言語ゲームになっている。たとえばロックは、では第一人者は「王権」でなくても「人民主権」でもいいはずだ、と主張した。これはその通りです。ただ、ロックの言い方は、哲学的には統治の原理は、神が王に与えたのではなく、じつは万人に与えたという言い方だった(天賦人権論)。哲学的にはきわめて弱い。

そこでルソーが出てきて、人権や人民主権の「原理」を哲学的に基礎づけた。これがルソーの「社会契約」の考えです。ルソーの言い方は、神は王権ではなく、人民に主権を与えたではなく、なぜ「人民主権」に優位があるかという論証です。第一に、「主権の原理」のほうが「覇権の原理」より納得性や安定性が大きい。なぜなら「主権の原理」は、みな「対等だからしょうがない」と考え納得する「原理」だから。もう一つ。覇権の原理、王権の原理は、伝統的宗教的権威に依存する。強力な権威は暗黙の合意によってのみ成立するが、「自由」の考えが圧倒的となったヨーロッパでは、これはもう普遍的に成立していることは不可能。ゆいいつ人々が圧倒的多数として認められる主権は、人民主権しかない。それは神と人との契約ではなく、自由を自覚した人間どうしの契約としてだけ成立する。これがルソーの「人民の自発的な合意による政府創設の契約」という原理です。まさしくこれが「近代社会」あるいは近代「市民社会」のはじめの「原理」だと言えます。
 
ホッブズがはじめて社会的な「暴力縮減」の原理を明らかにし、ルソーがこれをより合理的な「近代社会」の原理として定式化したのです。ここから、哲学者たちはもう、宗教によって世界をよくしていくという考え方をきっぱり捨てます。ヒューム、カント、ヘーゲル等々の哲学者の人間と社会についての考えは、自由な人間によって作られた社会、この前提で、社会をどのような仕組みにすれば、暴力を持続的に縮減し、それだけでなく、一般の人間に自由と享受を確保することができるか、という課題に没頭しました。この仕事も今では、ほとんどあいまいな形でしか理解されていないので、もう少し確認します。

たとえばヘーゲル。ヘーゲルは、「なぜ人間は必ず戦争を繰り返し、支配はつねに三角形になるのか」と問い、その原理を明らかにした。彼の説の独自性は、これを人間の欲望の本質から説明するところです。人間のは動物とちがった独自の欲望で「自我の欲望」、「自己価値」を求める欲望である。人間の欲望の根本は、生理的欲求の充足ではなく、自分を立派な存在であると自他認められたいという承認欲望である。そこから人と人が出会うと承認を巡って支配の闘いが生まれる。動物は自然の縄張りをもつだけだが、人と人が出会うと支配をめぐって闘いが生じ、最後の安定にゆきつくまで収まらない。その結果人間社会は必ず三角形の強力なヒエラルキー構造になる。人間には自己意識があり、死の不安があり、その他諸々があり、このための人間独自の支配構造の歴史がある。これがヘーゲルの見いだした「原理」ですが、この「原理」が見いだされることで、はじめて、これを克服する「原理」もまた見いだされる。それが「原理」ということの本質です。

ロックがホッブズの「原理」を批判してより理想的な考えを出したことは、マルクスがヘーゲルの「原理」を批判してより進んだ考えを出したのと似ている。哲学的には、ホッブズやヘーゲルが見いだした「原理」がはじめて、ロックやルソー、マルクスの考えを可能にしたと言えるのです。

ヘーゲル自身は、人間の支配構造の原理がそのようなものであるからには、これを根本的に克服する原理もまたとらえられると考えた。人間は「自己欲望」、つまり自分は人に承認されたい、自分は人の下に従属したくない、と考えるために、つねに支配的社会構造をつくってきたが、いろいろ悲惨な目に遭って来たすえに、歴史の中で一つの解決を見いだす。つまり全ての人が自分の自由を目指すために普遍闘争が生じるのだが、これを克服する原理はただ一つで、すべての人間がお互いに相手の自由を承認して、これを法的に確保する場所にだけ、つまり「相互承認」を制度化した社会をつくるときだけ、これを解決することができる。それがそれまでどこにも存在しなかった、「近代社会」の本質である、ということです。

ロックは有名な「天賦人権論」で、「人間は生まれつき自由である」といった。しかし、ヘーゲルは、その考えを退けた。ヘーゲルはむしろ「人間が生まれつき自由であったためしはない」と考えた。かれは、人間はもし万人が自分の「自由」への要求を自覚し、これを確保するための方法を考えるとすれば、一つの答えに至る。それが「自由の相互承認」である。これ以外にけっして原理がないことが分かる。人間は生まれつき「自由」であるという考え方ではなく、もし万人が「自由」を求めるならこの原理しかなく、したがってその状態を作り出す以外にはない。そういう考え方にヘーゲルは進んでいきます。ミルなども似た考えを作っていきますが、ともあれ、そんな具合に、近代哲学は、社会についてのさまざまな「原理」を作り出した。けっして何か高遠な「真理」や「理想」を作っていたのではない。彼らも少しは、世界とはそもそも何かとか、真理はあるのかとか考えた。しかしカントが言ったように、そこではどんな答えもなかった。優れた哲学者は、ぎりぎり考えたあげく、究極的な真理という概念を捨て去って、人間と社会の「原理」を多く作り出した。いま言ったことはその一端です。

ホッブスからヘーゲルまでおよそ二百数十年を経て、「哲学」はいろいろな経験をつんで、「近代社会」の基本の考え方、原理を作り出してきた。いま、われわれは近代社会を自明のこととみなしているし、そのことに無自覚になっているが、それは哲学者が少しずつ積み上げてきた「人間とは何か」「社会とは何か」についての「原理」的な考え方の結果です。そして、ここまでくるとまずひっくり返らない。原理は本質的な不可逆性をもっているのです。そういう近代哲学の原理を適切に取り出し、理解しなおすことができれば、その踏み台の上で、われわれは、今後人間の世界がどのようにして、戦争や差別な極端な支配をなくすことができるかについての本質的な原理を必ずあたらしく作っていくことができると私は考えます。

カントに「永遠平和」の考えがありますが、これは高遠な考えだけれど、原理としては少し弱い。しかし、これをもっと強い原理に作り替えることができると私は思います。戦争をなくす「原理」は、まずなぜ戦争が起こるかということの「原理」を考えることからしか出てきません。それについては、ホッブズがはじめの偉大な原理を置き、ヘーゲルがそれをもっと深めました。カントもがんばったけれど、ヘーゲルと比べると少し弱い。理想主義が残っているからです。原理は、理想から生まれるけれど、理想主義が残っているとそれに負けてしまいます。理想主義は、ある理想を実現化するための現実条件を取り出す力を弱めるからです。カントの「永遠平和」は、「最高善」の実現という彼の理想的な理念の考えに基づいています。それは人間は生まれつき「善き」存在へ向かおうとする、あるいは向かう「べき」だとする理念ですが、理想から離れて「原理」にまで鍛えられていない。ヘーゲルの哲学は、それをもっと原理化しようとする努力だったと言えます。カント対ヘーゲルは、哲学の二代目チャンピオンと三代目チャンピオンの格闘ですが、哲学がどのように理想から出発してそれを本質的な「原理」へと鍛えていったかという点でとても興味深いものがあります。しかし、ここではこれ以上踏み込めません。


(まとめ)
 はじめに私は、「科学」では明確な答えがあるが、「哲学」には答えがない、哲学ではむしろ答えの出ない根本的な問いを問い続けることに本領がある、というヤスパースの説を紹介しました。しかしいま見たように、近代哲学を通覧すると、こういう考えは、優れた哲学の進み行きからは恐ろしく遠い考えだということが分かります。デカルト、ホッブズ、ヒューム、ロック、ルソー、カント、ヘーゲル、こういう人たちの実際の業績をみると、答えの出ない問題を、延々問い続けているような哲学者は一人もいません。誰も必ずそういう伝統的な哲学の問いからはじめて、徐々に時代の問題を整理し、もっとも重要な問いを設定して、これに答えを与えようとしていることが分かります。そして、本質的な「原理」は、一度提出されると、もうそれ以前にもどることが不可能になるような性質をもっている。カントが「形而上学」の問いを滅ぼしたあと、もう「形而上学」の問題での優れた哲学者は一人も登場できない。それが哲学史の特質なのです。哲学の問題は、人間の原理、人間の欲望の原理、人間関係の原理、社会の原理、暴力縮減の原理、政治統治の正当性の原理、そういうものに向かい、必ず少しずつ「原理」が豊かにされ、少しずつ進んでいる。もし哲学者たちの難解な言葉をしっかり咀嚼できれば、近代哲学がそういう仕方でゆっくり道を辿って歩み続けていることが理解できるはずなのです。

人間がしっかり考えるべき問題は、大きく二つあると言えます。人間は共同生活の中で生きているので、社会的に生じる諸問題を処理するためにもっとも合理的なことを考えるのがまず一つ。特に近代社会は、各人の自由の解放ということが前提となる社会なので、自由の競合による「悪」の問題、利害の衝突の問題が現われる。ここでの合理的というのは効率的という意味ではなく、誰もがなるほどと納得できる考え、共通了解の可能性が現われる考え方のことですが、まさしくそれを少しずつ推し進めることを「哲学」がやってきた。社会科学や心理学もやってこなかった訳ではないが、少なくとも「原理」を作るという点では、哲学がいちばん重要で決定的な成果を生み出してきたと言えます。それまでは社会をうまくやっていくための最大の考えは、古今東西どこでも、超越的、絶対的な権威を作り上げ、それをみなで信じる、という考えだった。これが最大の工夫、最大の原理でした。宗教や王権、しばしば秘教。しかし、近代社会では、この工夫はもう有効性をもたない。それどころか、しばしば人間の近代的な原理と衝突します。そこで哲学のはじめの大仕事は、この「超越的な権威」の根拠を、全て取り払うという作業だった。これは生やさしいことではなかった。しかし、近代哲学がほとんど独力でこの仕事を成し遂げてきたことは、近代思想史を見れば一目瞭然です。まずデカルトが、キリスト教的な「物語」を前提とすることを「禁じ手」にし(我考えるゆえに我あり)、つぎにカントが、「形而上学」の問いを終焉させ、ホッブズは、戦争をなくすための原理を提出し、ルソーがこれを近代的な原理に作り替え、ヘーゲルはこれを進化させ、という具合に、いっさいの「超越者」と「超越的思考」とを少しずつ人間の思考の領域から取り払っていったのです。

哲学の思考は、原理によって、まず絶望と断念を作り出すという面があります。もういちどカントの事を思い出してほしいと思います。近代のはじめ、宗教戦争の混乱の中で、多くの知識人、特に若い知識人は、本当の「信仰」のあり方を見いだそうとして格闘していた。本当の「信仰」のあり方さえ見つけられれば、きっと世の中の新しくて大きな矛盾、人間の大きな苦しみを解決できるはずだと。しかし、形而上学の絶対的な答えは存在しない、とカントは言った。多くの人間が、時間をかけて彼の原理に説得され、そのことで、「真の信仰」という概念に深い挫折と絶望が生じ、この考え方への断念が生じ、そして、この世の矛盾は、社会の原理を問題として、社会の構造自体を変える以外には解決しえないという方向に人々は踏み出した。「スコラ哲学」の「世界のほんとう」や「信仰のほんとう」はあるはずだ、という考えは生き延び末に、最後の絶望を与えられ、はじめて、人間と社会の新しい考え方への欲望が現われた。

これは、ちょうど「失恋」に似ている。「失恋」は一種の世界喪失の体験ですが、失恋の悔しさと哀惜のさなかでは、「なぜあの人は自分を去ったのか」「何が間違っていたのだろうか」「あのとき、これがなければ」と、百万の思いが乱れて浮かんでくる。恨み、哀惜、未練、後悔、慚愧、怒り、喪失、自己卑下、世界への反感等々。そして、「あの人」への思いはもはや絶対に望みがないという状態まで行きついたとき、ちょうど足の届かないプールでおぼれかけたとき、このプールは底のない深淵と感じられるが、底にこつんと足がつき当たったとき、はじめて、必死のもがきがやみ、この水深の全貌を知り、力が抜け、やがて浮かび上がることが可能となるように、これ以上どんな希望もないという徹底的な挫折と絶望がもたらされたとき、はじめて別の道を歩む欲望と希望が湧いてくるのと似ています。

 われわれの社会もさまざまな矛盾を抱えていますが、近代哲学が直面してきたのと似たような状況が、現在にもまた存在するように思います。そして現在はいわば相対主義的な批判と、それが裏返しにされた絶望が溜まりつつある時代ではないでしょうか。この現代社会の矛盾に対して、どのような道が可能でなく、どのような方向が可能なのか。もういちど人間と社会の問題について哲学の「原理」を取り出つつ、新しく考え直すことができるはずだというのが私の考えです。



U 全体討論

北岡:全体討論への導入ということで、竹田先生から難しい哲学を、随分噛み砕いてお話いただけました。そこでさらに我々になじみが持もてるような質問をできればと思います。先生からは、西洋の哲学史上のキラ星のような多くの思想家の要点を的確にまとめていただけました。また、戦争をはじめ、多様な面からのお話がありましたので、われわれの大学にも何人か哲学の先生がおりますので、まず質問をさせていただき、その後、会場の皆さんからのご質問を取り上げさせていただこうと思います。まず国際コミュニケーション学部の藤江先生から質問をさせていただきます。


藤江:全体の質問をさせていただきます。今日のタイトルにもあるのですが、「自分を知るための哲学」、これは私自身のテーマでもあるが、自分を知る。自己認識の問題。デカルトにしてもカントにしても、哲学の始まりとして「わたしとは何か」がある。これは、わかっている部分とそうでない部分が混在している。「私」あるいは「自己」というものと、さきほどの哲学の「原理」的なもの、それを竹田先生のお考えで、全体のテーマに貫通しているものとして、もう一度展開していただけないでしょうか。



竹田:「私とは何か」という問いがなぜ現れてきたか。この問いは、比較的社会とうまくいっている人にはこういう問いは出てこないのではないかと思います。何か問題にぶつかったときに出てくる。この疑問によく対応してくれるものが「自己」や「自我」についてのよい考えということになる。
近代以前の社会は、人間は必ず共同体の役割関係のなかに固定的に生み落とされた。そして絶対的な神を信じながら、長男なら長男として、妻なら妻として共同体の中での役割関係をちゃんと果たして行く、というのが人間の本質とされていた。
しかし、近代では人間は、解放されて何ものかにならなくてはいけない。それが近代の人間の前提です。自由と享受が解放されたために、固定的な関係ではなく、自由な相互的関係が生じる。そこで、人間関係の中でいろんな問題が起こって来る。昔は、鬱とか神経症ということはおそらくきわめて少なかった。フロイトの考えでは、神経症は大本は、親子関係のねじれから起こる。もちろん人間関係のねじれもある。それは関係が自由になり、さまざまな調整が必要となったときに生じていた新しい問題です。そういうなかで、はじめて「私とは何か」「自己とは何か」という問題が現われる。つまり関係の中の個体の実存という問題ですね。さまざまな哲学者がこれをいろいろに考えた。そこで、ここでは、もっとも重要なものを二つ考えてみます。一人はヘーゲルです。

彼は本格的な「自我論」をおいたはじめの哲学者です。デカルトやカントのそれとはかなり違っている。人間の欲望の本質は何か、それは「自我の欲望」であること。自己価値の欲望であること。つまり「承認欲望」である。これが彼のはじめのテーゼです。ここから二つのことが出てくる。一つは、人間社会は、その一つの本質として、自己価値の欲望の相克の関係としてとらえられる。これが社会と歴史の展開の解釈に決定的な視点を与えた。人間は生まれながらに自由なのではないが、本性的に自由をもとめ、そこで、時間をかけて各人の自由を実現するようなプロセスとして進んできた。これがヘーゲルの歴史哲学の骨子です。もう一つは、人間の欲望はどこに向かうかという問題。人間の欲望の本性は「承認欲望」である。これがつねにせめぎ合って社会の諸関係を作るが、近代では、固定的役割関係が終わり、社会はいわば自己欲望の自由ゲームとなる。ゴールの定まらないオープンゲームとなる。そこで人間の欲望は、単に快楽を求める、安心をもとめるゲームではなく、いわば各人が何か自分にとっての「ほんとうのもの」を求めるようなゲームとなる。これをヘーゲルは「事そのもの」のゲームという変な言い方で呼んでいる。近代以前の社会では、「絶対的なもの」が存在して世界を統括しており、皆がこの一つのものを信じて社会はなりたっていた。近代以降はこの長く続いてきた構成は壊れる。近代は一つは享受のゲームとなる。しかしそれだけではなく、各人が自分の「ほんとうのもの」を求め、確執を起こしつつ、しかしそのことで社会が展開していくという形になる。
「私」は、絶対的なもの、つまり、神、秩序、役割との関係、ではなく、自分自身、そして「他者」(親、恋人、友人など)との関係性として存在するようになる。これについてのもっとも一貫した理論をおいたのが、ヘーゲルです。

もう一人あげたいのは、これは哲学者ではないが、深層心理学のフロイトです。フロイトの「無意識」の考えは、一言でいえば、人間には自分の内側にもう一人の意識できない私が存在する、この意識としての自己と、無意識としての自己との関係こそが人間の本質である、という考えです。そしてフロイトによれば、それらは時間的に構造化されたもので、分析によってわれわれはこれを知ることができる、と主張した。このことの意義は、「社会」とは何かという問いと比べると少し明瞭になる。近代以前では、「社会」とは何かという問いはなかった。それは神(天)の定めた絶対的秩序だった。しかし、近代哲学は、はじめて社会の原理を取り出し、社会を個人が作り出している一つの「構造」としてとらえた。その公準もまた、はじめて人間の福祉(幸福)ということに定められた。この観点から、社会の構造とその原理が明瞭に取り出せるようになった。それは操作可能な存在となった。フロイトの提出した観点は、これと同じで、「心」というものを、はじめて一つの「構成物」としてとらえた。それは個人の歴史の中での時間的構成物です。昔は、ただちょっと変な人、性格の変わった人、頭の具合の変な人がいたにすぎなかったのに、フロイトの考えによって、われわれは親子関係の中で性格を構成し、親子関係の中で心のありようを不具合にしたりするものだ、と考えられるようになったからです。特に性的エネルギーのさまざまな変容によってその構造は構成される。このことが分析可能であるかぎり、社会と全く同じように、人間の「心」のあり方についても人はそれに働きかけることができる。それは操作可能なものとなるわけです。他の多くの哲学者も自我や私をテーマにしていますが、ヘーゲルの考えとフロイトの考えは、やはりもっとも代表的で、もっとも射程の大きなものだと思います。


藤江:「人間のほんとう」とは何か。プラトンとアリストテレスのイデア論的な純粋さが堕落しているという趣旨の説明だったと思うんですが、「ほんとうであるか、違っているのか」というとりあげかたが、今日のお話の全体の趣旨とどうからむのかについてお聞きしたいのですが。


竹田:本来あるべき人間の姿がおかしくなっているというのは、近代になって特に多く出てきた考えですが、私が言いたかったのは「人間のほんとう」が堕落しているということではありません。さっき言ったように、近代社会というのは社会の構造が根本的に変化し、そのことで人間の意味もある種根本的な変化が生じた。まず、近代以前の「善」や「ほんとう」は、典型的にはヨーロッパにおいてですが、絶対的なもの、宗教、神、つまり聖なるものに支えられていた。それはそれなりに重要な機能があった。したがって深い信仰をもっているかどうかが、いつでも人間の「善さ」の大きな基準だった。しかし近代社会はこういった伝統的な「善」や「ほんとう」の考えを破壊します。「何がよいか」はあらかじめ答えのないものとなった。「人間のほんとう」も同じです。絶対的な答えがなくなったので、各人がそれを探さねばならず、またあるところでは、対立が生じます。宗教の対立ではなく、イデオロギーということも生じてきます。

さきほどカントが「形而上学」を滅ぼした、という話をしましたが、カントはここから「道徳哲学」を打ち立てた。それまで人間の善は、宗教の聖性に根拠づけられたが、理性の判断によって何が「善」かが判断され、その判断に従って、よきことを意志して生きること。これがカントの「善」のいわば公式です。そこからはじめて人間の新しい「ほんとう」のありかた、人間の本質が出てくる。善への意志をもつこと、カントでは、これが人間の「自由」の本質です。こうして、カントは、一人一人の人間が自分の理性を信頼し、道徳的価値判断を自分の内部に打ち立てて生きる、これが近代の人間の「善」や「ほんとう」のスタンダードとされた。これがいわば近代の「善」や「ほんとう」についての哲学的始発点です。要するに「何がほんとうか」を近代人は自分で探求しなくてはならなくなった。

しかし、ヘーゲルはカントの考えを引き取り、その不十分性を言います。たしかにカントは偉大だったが、この考えは、近代社会では十分ではない。なぜなら、個々人が自分の判断で「正しさ」を判定してそれを意志するのはよいが、人間は全知ではなく、特に社会の変革という問題の中では、さまざまな「正しさ」の信念が現われる。いわば「正しさ」の追求が自由に解放された代わりに、正しさについての「万人の万人にたいする闘争」が生じる。これをいかに調整できるか、その原理がカントの哲学には存在しない。これがヘーゲルの道徳論、良心論の核心点です。
善悪の問題は、近代以前は単純だった。それは一般的な「よい」の基準と、自分の傾向性、欲望や感情との確執という問題にすぎなかった。しかし近代では、「正しさ」の自由競争が起こり、自分の信念を正当化し、相手を「悪」となす、という新しい「悪」の問題が生じる、と言います。私こそ、あるいはわれわれの考えこそもっとも正しい、これが近代の独自の悪の問題だ、という言い方をしています。このやっかいな「善」と「悪」の問題をどう克服するかというところに、いわば近代の「ほんとう」の問題が浮かんでくるというような考えですね。 


北岡:私とは何かに関して、非常に具体的な質問(アンケート)がきております。「今の日本では自由が広がり、親子が幸せな家庭生活を営めなくなり、生徒たちが楽しい友達関係を作れなくなったりしているように思います。この悲劇を少なくするにはどうすればいいでしょうか。また、わたしは妻であり、母であり、嫁としての役割を一生懸命してきたのですが、最近ほんとうの私が無くなってしまったように感じます。心のなかにぽっかり穴が空いたように感じます。信じられるもの、信じられる人がいれば埋まるのですか。でも、人の心の底は覗こうとしてもわからないし信じられません。哲学は、私は何のために存在するのかとか、寂しい気持ちとか心の穴を救ってくれるものでしょうか。」と。


竹田:家族の古典的な役割関係がだんだん解体していくので、いままではお母さんが歳をとるとおばあちゃんになって、それなりのしっかりした役割関係が与えられてきたのですが、近代社会になると、この役割関係はだんだんゆるんでくる。さっき言ったように生き方は、宗教、習俗、慣習という寄る辺を失います。そこで、人間関係がちょっとぎくしゃくしてくると、生の意味が分からなくなるということがどんどん出てくるのだと思います。具体的にどうすればいいか、というのはこれはなかなか言えません。それぞれのケースがあるので。しかし、原理的には一つで、固定的な役割関係の中で意味を見いだすということを早くあきらめて、そこで自分が楽しく生きられる新しい人間の関係を作る以外に方法はありません。このごろは少子化になり、こどもは二十歳を過ぎれば家を出て行ってしまう。いわば自由になってしまう。そういう時にどうすればいいか。ヘーゲルで言うと、かつては承認関係の外枠があったのでよかったのだけど、いまは承認の関係を自分で作る以外にない。現実的にいえば、サークルでもいいし、カルチャーセンターでも出掛けていって、何か自分の新しい関係を見つける以外にないわけです。近代の人間は社会的承認のゲームと、自分の具体的な人間関係の中での了解ゲームを営みます。特に重要なのは、具体的な人間関係のゲームで、これを確保できれば、人間はなんとか生きていくことができるのです。

ヘーゲルは、人間の「ほんとう」への追求はいろんな類型をとって現われると言います。たとえば若いときには「恋愛こそ本当だ」、という気持ちや、「正しいことをやりたい(正義のほんとう)」、あるいは「社会的なサクセスゲーム」のなかで自分を認められたい、と考える。しかし、簡単に言うと、「恋愛のほんとう」も「正義のほんとう」も「社会的成功のほんとう」もたいていは挫折するべき運命にある。そもそも、成功のゲームでは、成功できるのは2割であって、8割は自分は落伍者であると感じる。ここでも絶望が生じます。
人はふつうそういうアイテムのなかで「自分のほんとう」を求めるけど、求めすぎるとたいていは失敗し、挫折する。絶望だけが人生さ、ということになる。そうではなくてむしろ具体的な人間関係のなかでお互いを表現し合って、「このひとはこういう人だ」、といってだんだん分かり合って、相手のことを了解しあう。そういう了解関係という相互承認のゲームがある。相互的な了解や許しあいということです。それがいわば、最後に残る人間の生きている意味の舞台です。

人間は近代社会では、大きな「ほんとう」、立派な人間になりたいとか、成功したいといったロマン的「ほんとう」の欲望をもつのですが、しか基本的に競争になっているので、どんどん落伍や挫折が起こる。でも人間の生きる意味の場所は残る。しかし、もし大きなロマン的な「ほんとう」の欲望をうまく断念できないかぎりは、だめです。そこで生の意味を古い倫理関係や道徳関係に求めるのは、一つの反動形成ですが、これも結局はだめです。生の意味というものが、どのような原理で現われ、可能なのかをよく自覚することで、はじめて新しい希望がでてくるというのはここでも同じです。


北岡:戦争に関する質問です。近代哲学が「いかに戦争をなくすか」を考えたと言われますが、ではどうして第一次大戦、第二次大戦が起こったのでしょうか。また今も戦争がなくならないのでしょうか。また、人間の生き方を求めるには広い意味での文化、民族、宗教、生活習慣に違いがあると統一性ができないと考えるべきでしょうか。


竹田:なぜ戦争が今でもなくならないのかについては、さっきお話した「原理」を考えるとかなりはっきりするところがあると思います。ここでは簡潔にしか言えませんが、近代社会は近代社会にもとづく近代国家の構想を作り出しました。近代国家の内部では、つまり人民主権の原理が機能している場面では、私闘はだいたいなくなってきた。かつては政権の交代はほとんどの場合、実力による闘いによって成し遂げられる。しかし近代国家の中ではこの実力ゲームは、ほとんど抑止されてきた。近代国家の内部では、普遍戦争状態はなくなってきた。ところが問題は、国家間です。

国家間ではさっき言ったような「原理」が働かない。国家間では、統一権力も、一般意志もありません。そこでは「普遍戦争」(万人の闘争)の「原理」がやはり生きている。ただ、歴史はいくつかのことをわれわれに教えている。近代国家どうしは、新しい「万人の闘争」の原理の中で、二つの大きな戦争を起こした。第一次大戦と第二次大戦。しかし、その後近代諸国家はこれにこりてさまざまな工夫をした。国家間を調停するような超越権力はない。国際連盟が全然機能しなかったので、先進国どうしで国際連合をつくった。いまはいくつかの理由で、先進国家間の戦争はもう起こりえない条件が現われています。一つは民主主義の拡張、一つは先進国の生活水準。一つは核武力です。そこで普遍闘争原理は、貧しい国どうしか、あるいは原理主義的テロリズムという形でしか起こらない。

しかし、ともあれ、現在世界で戦争要因が抑止されるその原理は、だいたいはっきりしています。一つは国際連合のような国際調停機関の権限が高められることです。一つは、格差の縮小です。格差の拡大は、貧しい国の人々の絶望を高め、それが救済思想や原理主義の受け口になります。民主国家の拡大ももちろん重要です。それから資本主義経済の急速なではなくゆるやかな展開です。ほかにもあります。しかし基本の原理は近代哲学がすでに見いだしています。「暴力の縮減」は、第一に「覇権」の原理をいかに抑制するか、です。そして、国際間の普遍的な闘争を抑制する大きな調整権限を作り出すことです。世界全体で戦争がなくなっていく基本的な「原理」は、国家間の上位に、近代社会と全く同じ「原理」で、つまり皆で信託しあって超越権力、超越権威を作り、ルールを作り、それを違反した場合には一定のペナルティーを平等な仕方で与えていくという制度を少しずつ作り出していくということです。
近代は、近代国家を作り出すことに成功しましたが、この原理を世界大に拡大することにはまだ成功していません。近代国家をとりあえず、作り出すことが先決だったからです。近代の市民社会の原理を世界大に拡大するという課題は、人間にとってつぎの世紀のもっとも大事な課題になると思います。19世紀、20世紀の近代化はひどい矛盾をともなって進んだけれど、21世紀はできるだけ矛盾を抑えて近代社会を推し進めなければならない。そしてそのもっとも基礎的な原理は必ず近代哲学から取り出せると思います。

もう一つの質問、文化の統一性が保持できないというのは、多様性が保持できないという意味ですか。


北岡:多様さのなかで普遍的な正義が実現できるかどうか。


竹田:それは近代社会の進行の中では現われざるをえない疑問です。世界には大きな多様性がある。今の問題でいえば、たとえばイスラム教と西洋文明の違いは大きく、そこにいったい普遍的な統一性を作ることができるか、誰でも危惧をいだく。たとえばきわめて異なった文化をもつ社会が接近すると、歴史的には必ず大きな摩擦が起こります。これを克服する原理は、二つです。何らかの仕方で接触を絶つようなシステムを作り上げるか、あるいはそれが不可能なときには、共存の原理を見いだすかです。

それで、近代社会の原理とは、そもそも、宗教的、人種的、言語的、文化的多様性をいかに克服して、共存可能な社会を作り出すか、という原理だった。それが「市民社会」という考えの核です。「市民社会」は、市民でないものを排除するというのはよく言われている批判ですが、近代国家の現状に対する批判としてはその通りですが、市民社会の考え方の批判としては、的をはずしています。むしろ市民社会の原理が、いかに異質なものの共存を可能とするかの、唯一の原理だからです。ほかにないのです。宗教対立については、できるだけ共同的一体性をゆるめて個人の信仰におさめる。人種は、たとえばフランス市民という上位のレベルを作り出して、ゲルマンとか、ノルマンとか、ラテンとかの出自を相対化する。宗教、信条、出自、そういうものは「属性」であって、市民たることの「本質」は、他者の自由を承認する意志と能力をもつかどうかという点におかれる。これが近代哲学が作り出した「市民社会」の原理の中心点です。これ以外に多様性を共存させる原理は、いまのところ存在しない。歴史的には、世界宗教が「神のもとの万人の平等」という関係で同じ機能を果たしていたけれど、世界宗教どうしの対立では、世界宗教の原理は限界に達してしまうのです。

とういうわけで、「ヨーロッパ的」といわれているもの、「近代的」といわれているものが、もしキリスト教的な中心主義でしかなければ、それは結局ローカルな原理でしかなくて、普遍的でもなんでもありません。「近代市民社会」の原理は、べつにヨーロッパ的原理などではなく、さまざまな諸条件でたまたま地理的にヨーロッパに先に現れてきた考え方だというだけで、文化や宗教に関係なく、共存の原理としてはいまのところこれしかないという普遍的な原理です。もしイスラム教の内部でも仏教の内部でも、はげしい対立が生じてこれを共存という仕方で克服するには、宗教を個人の信仰という場面まで引き戻し、その共同性を相対化する以外には方法はありません。

歴史的に言えば、どんな固有の文明も、時代の体制が変わると必ず変わってきて、均質性が現れたり、格差や差別が大きければそのなかから分裂がでてくるということがある。つまり、多様性というものは世界から消えることはありません。近代市民社会の原理とは、この多様性を共存させるためには、一定の共通条件を作り出せばよいという考え方に立つものです。これを近代の「均質性」という人もいますが、この市民としての均質性は悪い意味での「画一化」というようなことはなくて、むしろ多様な人間の個性の多様性を確保するための必要条件としての「共通性」の創出ということです。市民的な共通性の設定だけが、近代的な意味での個性の多様性を確保するのであって、伝統的な身分階層の社会では、個人の多様性はまず実現されえません。


北岡:現代の平和は休戦状態、次の戦争への準備状態だといえると思います。ニーチェはおそらく戦争は無くならないと考えている。私が思っているのは、外交交渉、話し合い、戦争というのは、現代の政治を見ている限りは全部ひとつながりになっている。もしそうであるなら、戦争を縮減していく原理というのが徐々に進展していくというときの進展の仕方が、まったく質的に新しいものが出来あがった時に、超越的な絶対として永久平和ではなくて、関係を構築するということのなかに、現代ではもう戦争がすでに織り込まれているという時代ではないかと思います。たとえばアメリカがあちこち爆撃するような状況のことです。

さらに、ホッブスの場合、「万人の万人に対する戦争」でお互いに主張しあえば、お互いに殺しあうしかない。それを逃れるために君主に移譲することで平和がなんとか維持できるといっていますが、しかしそこで問題は、ホッブスが君主の「道徳」のことを全く論じていないということです。しかし「道徳の原理」が出てこないと、「関係の原理」ではすべて戦争の新しい環境をつくるための原理にとりこまれてしまうという心配があるのですが、そのことはいかがでしょうか。



竹田:その点は私の考えではむしろ逆で、いかに平和を作り出すかという問題は「道徳の原理」としてずっと長く考えられてきたけれど、「道徳の原理」では普遍的暴力の問題は乗り越えられない、というのが、ホッブズやルソーの考えの前提だったと思います。当時はキリスト教がまだ強く、道徳感情論や、道徳性をいかに発揚するかという論がたくさん出てきた。つまりこれを人間の心意の問題として考えようとしてきた。しかし、ホッブズやルソーは、むしろその考えをきっぱり捨てて、これを社会の構造と制度についての原理的問題として考察すべきだというところから出発したと思います。

歴史的には、まだまだ戦争の波は簡単には収まらないし、暴力縮減の原理の実現は時間がかかります。そこでわれわれは絶望的になるし、じっさいいまはそういう気分の時代です。しかし、「原理」は関係の理を明確にするので、ほかに道が存在しないことが理解されれば、必ず時代の大きな欲望がそこに向かうと思います。近代でもまったくそういうことが起こったのです。欲望のエネルギーは、フロイトが考えたような生理学的力学では考えられない。人間的欲望の本質は、挫折や絶望や可能性というカテゴリーで考えたほうがいいのです。


北岡:次に、音喜多先生の方から質問をお願いします。


音喜多:参加者の質問の多くは、哲学入門ということで、どういう本を読んだらいいのか、最初に分かりやすく哲学の本を読むにはどうしたらいいか、ということを求めている人が多いのではないかと思います。また私自身、学生に哲学を教育する立場として苦慮しているのは、哲学を全く知らない学生とはいえ、思想・哲学を知ることによって自分を表現することが出来る、あるいは自分の拠り所とすることが出来るといったものを求めているように思います。先生は、哲学は「信念補強的な思考」ではなく、「信念検証的な思考」だとおっしゃっているのですが、そうしたこれから「哲学」を読もうとしている学生などにとっては、はじめから信念検証的に思考することはなかなか酷なことではないかと思うのです。どうしても最初は信念補強的なところから始まるように思うのですが、いかがでしょうか。 


竹田:文学や小説の味わいは二十歳過ぎたらまず味わえる人は味わえる。しかし哲学はその点フェアでない。難解すぎるので、どうしても直観補強的に恣意的に読んでしまう。おっしゃるとおりですね。しかし、その場合、「信念補強的」と「信念検証的」という概念が念頭にあるだけで大いに違います。またこの概念をおいて議論をさせてみると、はっきり違いが出てきます。自分の正しさを主張せよ、という前提で議論する場合と、どこに主張の相違の理由があるかを考えようとする議論とは、ぜんぜん違うものになります。私はそれを現象学の「本質観取」という概念でよく試しています。

ともあれ、哲学をしっかりやろうとするとまず4、5年ぐらいはかかってしまうので厄介です。ただ「哲学」にはメリットがある。まず、それはヨーロッパの様々な知識、学問の大きな土台をなしているので、何か一つの事をしっかり勉強しようと思っている人には、必ず大きな連関の中での専門をとらえることができるようになる、ということが一つです。もう一つは、哲学はその理解が進むと、関係の原理に進んでいくので、必ず自分の生活や生き方のいろんな問題につながってくるということです。そこまで来たら、自分や自分の関係の理解への興味が人を哲学につなぎとめます。そういう具合に進めないときには、「哲学」は自分が思っていることを権威づけるためだけのものになり、大して役には立たないことになってしまう。


北岡:「哲学」を学んだことがない人でも熟読すれば理解できるという哲学者はいるでしょうか。 


竹田:それが困ったことに、熟読しさえすればすぐ理解できるという哲学書はまずいないと思います。一番読めるのはプラトンやキルケゴールでしょうか。ニーチェも概念としては比較的いけます。ただ、「哲学」は基本的には一人で読むなというのが私のアドバイスです。「哲学」をやったたことのある人を交えて、読書会をする。はじめに読んでいるときは分からなくても、レジュメを作ってみなで話し合っているうちに、少しずつ必ず分かってくる、というのが普通の体験です。「哲学」は、楽譜を習うような仕方で読まないと、つまり普通の日本語と同じように読むとうまく習得できない。しかしうまく習得できるようになるととても力になります。


北岡:人間幸福追求の「原理」とは何でしょうか。


竹田:「幸福」は昔はほとんどの人にとって「物語」に出てくる憧れの対象にすぎなかったけれど、近代社会では、「幸福」は人間の生の一般的な目標になった。近代人は、独自の欲望をもち、自分の内的な「ほんとう」を求める。これをつかんだときに幸福になれると誰でも感じている。美的生活でも、名声の達成でも、愛情の花咲く樹でもいいですが、誰でもそれぞれ自分の「ほんとう」の生のあり方をぼんやりしたイメージとしてもっている。近代社会はいわば「幸せ」の自由ゲームをなしている。どんなゲームでも「上がり」(目標)がそのエロスの源泉になっている。つまり近代社会では、承認ゲームの上がり(目標)が誰にとっても「幸福」だと感じられている。哲学的には、これが「幸福」という概念の基本構造です。
しかし、近代人の困難は、目標が外側から確保されず、自分で自分の「ほんとう」を見つけ、さらにこれをつかまないといけない、という点にあります。だから「幸福」をつかむために、つまり自分の生を肯定できるために、近代人としてのいろんな知恵が必要です。それが近代の教養の本質です。はじめに描いた一般的な「幸福」(自分のほんとう)の像を、自分の資質や能力や関係の条件にあわせて、また自分の人間関係の経験に学んで、自分がほんとうに納得しうるもの、つかみうるものに少しずつ修正していかねばならない。それがうまくできたときに、それが社会的に大きな成功かどうかは別として、自分の生を肯定できるようになる。これが幸福についての一般的な解ですね。目標と欲望と能力と可能性の三つの相関性として「幸福」の可能性が決まるので、そのことが腑に落ちると自分の「ほんとう」のあり方について納得がつきやすくなると思います。