![]() ![]() ……カントは、実践理性の根本法則を「君の意志の格律が、常に同時に普遍的立法の原理として妥当するように行為せよ」という定言命法によって規定したが、その内実は、いくつかの理由で近代社会の倫理の本質を表現している。つまり、カントの「道徳」の概念は、それまで存在していた、共同体的、宗教的倫理から、本質的に区別されるべきものだ。 ……カントによれば、善悪の判断は純粋な形式性から現われる。その内実はある意味できわめてシンプルである。つまり主観にとっての「善い」ではなく万人にとっての(客観的な)「善い」だけが、「普遍的立法」の基準となるというのだ。 しかし、カントにおいて、この普遍的立法の考えは一つの重大な難問を内包するものだった。それが実践理性のアンチノミー、つまり福徳一致の不可能性というアポリアにほかならない。 ……この難問の回答が、最も徳ある人が最も大きな幸福に値するという「最高善」の理念、いわば「最大道徳の最大幸福」あるいは「世界の道徳的完成」の理念である。そしてこの理念の可能性の条件として、カントは「神」「魂の不死」「自由」の理念を要請する。これが『実践理性批判』の最大の山場であって、この理念の要請の「客観的な必然性」を、カントがどのように論じているかを、読書はよく吟味してほしいと思う。 こちらが「完全解読 カント『純粋理性批判』」です。 ![]() 本書は「完全解読ヘーゲル『精神現象学』」に続く完全解読シリーズの二冊目にあたる。…… これまで哲学に近づかなかった一般の読者に、もっと身近な仕方で哲学の扉を開いてもらいたいということ。そして、哲学に対してやや壁を感じていた若い世代に、新しい時代を拓くための大きな武器としてこれを利用してもらいたいということ、この二つが著者の望みである。 いま、近代の社会の功罪は明瞭である、それははじめて人間に広範な自由を与えたが、同時に万人を、そして人間の生活の一切を、欲望競争の不合理な渦の中に巻き込んでいる。マルクス主義やポストモダン主義は、これに対抗しようとする大きな思想の潮流だったが、いまやその限界効用に達してしまった。 人間と社会について根本的に新しい展望と構想が拓かれるべき時代が来ているのだ。そしてその課題を引き受けるのはつねに新しい世代である。さまざまな古い叡智とともに、近代についての基本構想として現われた西洋哲学再理解が、いまなによりも重要なものとなっている。カントから始めよう、とわたしは言いたい。 (「はじめに」より) 完全解読、記念すべき第1弾 「完全解読ヘーゲル『精神現象学』」(講談社メチエ)
人だれしもが抱く「ほんとうの生き方」への憧れは、 近代において、どのようなかたちをとりうるか。 魂の通じ合いとしての恋愛。 社会変革を目指す革命。 道徳的生き方、芸術と学問による自己表現 − 『精神現象学』は、近代社会における人間の生と社会の在り方の「可能性」を、 深く洞察した希有の書だ。 難解で鳴るヘーゲルの文章を徹底的に解読し、 これまでになく平易かつ明快な言葉で、 思想の新たな可能性を開く。 (未改定稿)一部特別公開 (contents) はじめに 緒論 自己意識より「主奴論」 意識章(西研さんのHPへ) 「僕の 哲学? ノート」加藤典洋 第一部 竹田青嗣「現象学入門」 第二部 茂木健一郎「心を生み出す脳のシステムーー「私」というミステリー」 ![]() 2008年度著作リスト![]() 09年度 朝日カルチャーセンターNHK文化センター町田教室 ![]() (草場書房「洪水」第2号より) 「音楽、生を貫くエロスの穂 陽水について」 (京都日本作業行動研究会大会での講演より) 「実践の原理としての現象学」
椙山女学園講演「哲学する感動―自分を知るための哲学入門」 ポストモダン思想は終わったのか? BOOKアサヒコム
インタビュー近代社会・資本主義再考 >>前編 >>後編 対談:夏目房之介(漫画評論家)×竹田青嗣
![]() ヘーゲル『精神現象学』 |
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