![]() 6月25日発売されました。 ![]() ある哲学の考えを、よく追いつめて、 誰にでも理解できる判明な「原理」にまで置き戻そうとする努力は、 少なくとも、哲学を「難解だからこそありがたいのです」と祀り立てるような態度より、 ずっとむずかしいし、またずっと有益であろう。 なぜなら、ある哲学のいちばん芯を、簡明な「原理」として示すことができれば、 難解な哲学も、たしかにそう書かれているかどうか、 かなりの程度たしかめることができるし(そういうものなのだ)、 もしその言い方に不備があったとして、 それをもっとよい言い方に鍛えてゆくことも可能になるからだ。 そして、もっと大事な点は、 なるほどこういう「原理」が書かれているなということが多くの人に理解されたとき、 それはもっと広範に、もっと深い仕方で、 人間の生にとって役立つような「知」になるからである。 (竹田青嗣 まえがき「そもそも『哲学』って何だ?」より) が刊行されました。 ![]() 近代になってはじめてわれわれは、 自分たちがそのなかを生きる「社会」が変更可能なものであることを自覚したが、 フロイトは、われわれがそのうちを生きる「エロス的身体」もまた、 変更可能なもの、主体として態度を取りうるものであることを示した。 フロイトは、意識=理性としての人間の「心」ではなく、 むしろ「身体性」としての人間の「心」の理論をはじめて開いたのである。 そこで、われわれとしては、こういった観点からもういちどフロイト思想を再検証してみたい。 われわれは、実証主義的な観点でフロイトの理論を批判するのではなく、 しかし同時に、フロイトの諸仮説をその通りのものとして受け取るのではなく、 いわばこれを現象学的に再解釈しながら、 その理論の本質的な動機や意義を検証しなおすという道をとって進みたいと思う。 (竹田青嗣 第2章「認識対象の本質論」より) 「完全解読ヘーゲル『精神現象学』」(講談社メチエ)好評発売中です。
人だれしもが抱く「ほんとうの生き方」への憧れは、 近代において、どのようなかたちをとりうるか。 魂の通じ合いとしての恋愛。 社会変革を目指す革命。 道徳的生き方、芸術と学問による自己表現 − 『精神現象学』は、近代社会における人間の生と社会の在り方の「可能性」を、 深く洞察した希有の書だ。 難解で鳴るヘーゲルの文章を徹底的に解読し、 これまでになく平易かつ明快な言葉で、 思想の新たな可能性を開く。 (未改定稿)一部特別公開 (contents) はじめに 緒論 自己意識より「主奴論」 意識章(西研さんのHPへ) 第一部 竹田青嗣「現象学入門」 第二部 茂木健一郎「心を生み出す脳のシステムーー「私」というミステリー」 ![]() ![]() ![]() 08年度 朝日カルチャーセンターNHK文化センター町田教室 ![]() (草場書房「洪水」第2号より) (京都日本作業行動研究会大会での講演より) 「実践の原理としての現象学」 椙山女学園講演「哲学する感動―自分を知るための哲学入門」 ポストモダン思想は終わったのか? BOOKアサヒコム インタビュー近代社会・資本主義再考 >>前編 >>後編 対談:夏目房之介(漫画評論家)×竹田青嗣
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