対談「炭素革命と世界市民の正義」メモ         現象学研究会 斎藤隆一


1.日時:平成201021日(火)18:3020:30

2.場所:東京工業大学 大岡山キャンパスW934教室

3.講師:東工大教授 橋爪大三郎氏  早稲田大教授 竹田青嗣氏

4.概要

冒頭、橋爪氏より自著『「炭素会計」入門』の執筆の背景,内容について簡単なレクチャーがあり、その後、地球温暖化問題、人口問題、資源・エネルギー問題、環境問題等の全世界的な問題をテーマに橋爪氏、竹田氏の対談が行われた。内容は以下のとおり。

橋爪氏)地球が温暖化しているかの判断は難しい。IPCC(国連の気候変動に関する政府  間パネル)によれば、地球の気温は産業革命以後これまでに0.75℃上昇している。今後、更に2℃、3℃と上昇すれば地球全体に甚大な被害が生じるとされる。

温暖化の原因はさまざま言われているが、有力とされているものに二酸化炭素(炭酸ガス)などの温室効果ガスの増加によるとする説がある。IPCCはこの説を採用している。

ハワイ島マウナロア火山で1958年から炭酸ガス濃度の測定が行われており、炭酸ガス濃度は年々増加していることが報告されている。IPCCは、こうしたデータをもとに地球シミュレータを使った計測結果から、炭酸ガス濃度の上昇と気温の上昇には明らかな相関があるとする。それによれば、産業革命以前280ppmだった炭酸ガス濃度が、2005年時点では379ppmに約100ppm上昇しており、これが先の0.75℃の気温上昇の原因だとする。

これを受けて国連で「炭酸ガス濃度を安定化すること」を目的とした「気候変動枠組条約」が締結され、多くの国々が調印した。しかし、この条約は具体性に欠け、実効力が乏しかったので、主要先進国が中心となって炭酸ガス削減の数値目標を約束する協定を結ぶこととなった。これが1997年の京都議定書だ。ここで、日本は2008年から2012年までの5年間で1990年時点よりマイナス6%、ヨーロッパは同比マイナス8%の削減を約束した。この時、日本は既に相当の環境対策を講じていたので更にマイナス6%を達成することは難しいとの声もあったが、@景気が低迷していて回復の目処がたっていなかったこと、A炭酸ガスを発生しない原子力発電所を多数有していることで最終的には達成可能と判断した。これは見通しが甘かった。

なぜなら、その後日本は景気が回復してエネルギー消費量が増大。2006年時点で日本の炭酸ガスは90年比でプラス7%となっており、2008年〜2012年の約束期間内でトータル13%の削減が必要となっている。これは相当厳しい数値だ。

ヨーロッパは着実に目標達成に向けて推進しているが、アメリカは自国の経済発展を阻害することと、中国,インドに削減義務がないことを理由に2001年に脱退した。

ヨーロッパで特に取り組みが顕著な国はイギリスとドイツだ。イギリスは炭酸ガス削減を法律化して企業,個人にそれを義務化することまで検討中だ。

京都議定書で参加国の約束が達成されても削減率は微々たるものだ(約5%)。地球温暖化をストップさせるためには、地球全体で2050年に最低50%、出来れば6070%の削減が必要となる。

炭酸ガス削減のために今後推進すべき施策として次の三つが挙げられる。

@    技術的にはCCS(炭酸ガス回収・貯留)技術が有効だ。これは排出された炭酸ガスを地面の下や海底に隔離する技術だ。
A    太陽光(ソーラー)の利用もある。アメリカやヨーロッパでは砂漠に大規模な太陽光発電所を設置し、そこから直流高圧送電を行う計画を推進中だ。
B    自動車の燃料を水素に切り替えれば炭酸ガスの排出はゼロになる。

これらを実施することで60~70%の削減が可能になるはずだ。

ところで、こうした取り組みによって地球上の炭酸ガスを削減するためには、次の二つの立場の違いを考慮する必要がある。
@  
今後あまり炭酸ガスを排出しなくてよい先進国とこれから炭酸ガスを大量に排出する必要のある発展途上国の立場の違い
A    対策を講じなくても直接的には被害のない現在の世代と被害を受ける可能性が高い未来の世代の立場の違い

この立場の違いを充分考慮して今後対策を講じる必要がある。

竹田氏)『「炭素会計」入門』の評価のポイントは、次の点にある。地球温暖化問題は結論の出ていない問題だが、仮にそれが起きた時に人類が壊滅的な打撃を受けるとすれば、現時点で対応すべきであると明確に述べていることだ。今後、人口問題、資源・エネルギー問題、環境問題が深刻になる。この問題の解決のためには先進国が中心となって対応していくしかない。こうした枠組みで地球温暖化問題の解決を考えていることは評価できる。

  私は哲学者なので、このことを哲学的に原理として考えてみた。

  まず、資本主義について考えてみる。資本主義の定義は、マルクスによれば「貨幣が貨幣を生む」こと。ここで自由経済がなぜ国を富ませるのかがポイントになる。

  私は、資本主義の基本原理を次のように定義した。「普遍交換」と「普遍分業」の相互関係を「普遍消費」が下支えするという構図だ。詳しく言うと次のようになる。

  商人の働き(商業)は、財の「交換」にある。商人は、ある財をその生産地からその財を必要としている消費地に移動させることで利潤を得る。商人が富むと、商人は交換する財(商品)をより多く欲するようになる。そこで交換するための財(商品)をより多く生産するための仕組みとして「分業」が生まれた。分業によって社会生産性は大幅に上昇し、財の交換も活発になる。この結果、あらゆるものが「交換」される「普遍交換」が生まれ、それと同時に財の生産のための「普遍分業」が生まれることになる。しかし、「普遍交換」と「普遍分業」だけではダメだ。そこで生産され、取引される財が「消費」されなければならない。「普遍消費」が必要なのだ。広範な人間が消費に参加することで「普遍消費」は成立する。これが資本主義の原理だ。人類の歴史が始まって7千年くらいを経てこのシステムが出来た。

  しかし、この結果、持つ者と持たざる者の富の格差が生まれ、富が富裕層に集中しすぎると、「普遍消費」が崩れて財が回らなくなる。分業によって生産された大量の財(商品)が消費されなくなるのだ(生産と消費の矛盾)。この結果、商品の価格は大暴落して、普遍交換も普遍分業も崩壊してしまう。富裕層に集まりすぎた富を下の層に回すことでこのシステムは回復する。こうした取り組みが人為的になされた事例として、世界恐慌の際の米国のニューディール政策がある。自由経済、資本主義を維持していくためには、「普遍交換」、「普遍分業」、「普遍消費」の三対構造を維持しなくてはならないのだ。

  しかし、2100年に世界の人口が100億になり、その人達全員が「普遍消費」に参加するためには、地球上の資源やエネルギーが全く足りない。地球4個が必要だ。

  このままの状態で「普遍消費」を拡大していけば、地球がパンクするのは確実だ。最悪のシナリオは資源争奪戦になり、戦争か、大規模テロが起きることだ。こうした事態を招かないためには、資本主義のシステムを大きく転換する必要がある。このためには先進国の協調が必須であり、炭素会計で示されている仕組みと同じ形態で解決を図るべきだろう。

橋爪氏)竹田さんの意見が、資本主義のメカニズムを変えることだとすれば、それとは意見を異にする。私は、資本主義の仕組みをより進めることでこうした問題を解決したいと考える。

  資源には「再生可能資源」と「再生不可能資源」がある。(再生可能資源は、太陽光線、潮汐、風、植物(バイオマス)のような永続的に利用可能な資源のこと。再生不可能資源は、石油、石炭、天然ガス、ウラン、鉄、アルミ、銅のように一旦利用されると永久的に失われてしまう資源のこと。)資源獲得の基本は、エネルギーを使ってそれ(資源採掘)をすることだ。しかし、エネルギーを使ってエネルギーを作ることはできない。つまり、資源問題はエネルギー問題のことと同義だ。地球温暖化問題はエネルギーを使えなくなることなので、資源を得ることが出来なくなる。そこで再生可能エネルギーを使う方向に仕組みを転換していかなくてはならない。(この部分は意味がとりづらい。換言すれば次のことか?「再生不可能資源」は、可採年数に限界があり、且つ炭酸ガスを多く排出するので温暖化問題の元凶とされている。他方、「再生可能資源」は地球環境に対して負荷が少なく、半永久的に利用可能。そこでこれからは、「再生可能資源」を利用した「再生可能エネルギー」への資源転換,エネルギー転換が必要。)この転換には大きなコストや労力が必要だ。

  20世紀後半から大きな物語がなくなり、個人個人が好きに生きていくポストモダン状況になったと言われているが、温暖化問題は全人類にとっての共通の問題であり、その解決に向けた取り組みは大きな物語となる。しかし、これはイデオロギーではないので、新しい大きな物語と言えるだろう。

  竹田さんのいう資本主義の否定は左翼思想につながると思うが、それでは温暖化問題には対応できない。

竹田氏)左翼思想が有効性を失っていることについては、既に自分の中で結論が出ている。資本主義を推し進める以外に地球規模の問題解決が図れないことについては、同意見だ。私の言う資本主義の仕組みの変更は、資本主義を止めることではなない。資本主義の仕組みを変更して、現状に合致した新しいシステムに移行することが必要だということ。

 これまでの資本主義は資源独占的、資源消費的なものだった。そうした形態によらない消費スタイルの構築が必要だ。

   100億の人口を支えるためには画期的なエネルギー革命が必要だ。しかし、それだけでは人口の限界が200億人に増えるだけだ。そうした事態にも耐えられる新しい資本主義のメカニズムを考えていかなければならない。


(参加者との質疑応答)

Q1)著書『「炭素会計」入門』の中で炭素会計や統制経済の導入を唱えているが、これらも資本主義の延長線にあるのか?

橋爪氏)資本主義の中身は時代や地域によって異なる。例えば土地の私有制や相続税については、日本とヨーロッパでは大きく異なる。現在の資本主義の枠組みで取らえる必要はないと思う。
炭酸ガスの排出量を抑制するための方法は次の三つ。

@    炭酸ガスの排出を規制する。
A    炭酸ガスの排出に税金をかける。→炭素税
B    炭酸ガスに値段をつけて売買する。→排出権取引

この三つをバランスよく実施すれば、温暖化問題が解決可能であることは明白だ。しかし、この取り組みの実施には20年〜30年の時間が必要だ。
仕組みが整ったら、炭酸ガスの排出量に値段をつけて、実際の排出量を測定し、その量に応じて取引(売買)すべきだ。
生活レベルの高い人ほど炭酸ガスの排出量が多い傾向がある。炭酸ガスの排出量が多い人ほど炭素税を支払い、少ない人は税の徴収がなく、場合によっては還付される。非常に公平な仕組みだ。

Q2)地球上の人びとの共通の問題として地球温暖化を捉えているのは興味深い。
他方、企業で現実に炭酸ガスの削減に取り組んでいる人達は大変苦労している。あらゆる人がこの問題を共通の問題として受け取るためには、やはりなんらかの哲学が必要なのではないか?

橋爪氏)炭酸ガスの削減は、CDM(クリーン デベロプメント メカニズム:排出権取引)を活用することで解決可能だ。CDMは発展途上国の炭酸ガス削減プロジェクトに先進国が参画し、そこで生まれた削減量を自国の削減量に割り当てる仕組みのこと。こう考えると哲学の問題にはならないだろう。

竹田氏)やはり哲学の問題という面も大きい。
これまで先進国は国家間の経済競争を通じて経済を発展させてきた。しかし、ここに来て様々な点から先進国の経済成長は限界に来ている。今後は経済成長のスピードを緩めるための合意が必要だ。これまでの競争的な仕組みにキャップをかけて、協調的な資本主義に転換していく必要がある。こうした転換に対しては、資本主義自体に反対している勢力、現在の仕組みから利益を得ている既得権を持った勢力の反対が予想されることから合意に至るのは難しい。この合意をいかに取り付けるかが最も大きな問題であり、それは哲学の問題とも言える。

Q3)医療に携っているが、ここ10年、「コンビニ受診(外来診療を行っていない夜間、休日に緊急性のない患者が救急病院等に受診にくること)は問題が多いので止めましょう」と医療機関が説明しているにもかかわらず、相変わらずそうした行動を取る患者は減らない。同様に温暖化問題を理解しても、温暖化防止のために自分の行動を改める人は少ないのではないか?

橋爪氏)新しい制度や仕組みが成立するためには、国民に、@これは正しい、Aこれは得になると思わせなければならない。多数の人の合意を得るには、この二つが必要だ。

竹田氏)橋爪氏の回答のとおりだ。多くの人の行動を促すには、@公共的に整備することと、A市場原理に任せることの二つの方法がある。たた善いことをしようと言ってもそれに従う人は15%程度。市場原理を導入することで全体が動くことになる。

Q4)現在のアメリカのサブプライムローン問題に始まる金融危機の解決に先進国が協力して解決に当たっているのは画期的な出来事だ。
地球温暖化も同様の枠組みで問題解決を図ることが可能である。環境対策の進んだ日本が率先して行動していくことが求められていると思う。
しかし、ほとんどの人はそうした取り組みをしなくても技術の発展により自然と解決すると考えているようにも感じる。また、そうした技術が開発された場合、技術発展のできる国と出来ない国との間でまた新たな格差が生まれるのではないかと思うがどうだろうか?

橋爪氏)地球温暖化は、日本に非常に大きなチャンスがある。EUは確かに進んでいるが、EU内で合意を取り付けるのに時間がかかる。米国も民主党と共和党で見解が大きく異なるので同様だ。日本は国内の合意が得られやすい。また、日本は環境対策で大きなポテンシャルを有している。率先して取り組みを行うべきである。
南北格差の問題は、CDMを使うことで先進国から発展途上国への技術移転を促され、徐々に解決していくだろう。

竹田氏)質問者の言うとおり、今回の金融危機に対する先進国の対応は今後のよい事例になる。地球規模の問題に対しては、まず先進国が協調して対応していかなければならない。

Q5)京都議定書の実現に企業は熱心だが、一般市民の関心はまだまだ低い。市民の行動を促すにはどのようなインセンティブが必要と考えるか?

橋爪氏)削減分をスタンプやポイントにして「見える化」することが重要だ。
個人個人がどれくらい炭酸ガスを排出しているかを測定して、多く出している人からそれに見合った税を取り、少ない人にはお金を返す。この炭素会計の仕組みを導入すればよい。日本が世界で最初にやれば、大きなインパクトになるだろう。

(最後に)

竹田氏)およそ1万年前に人類の蓄財が始まって、財を巡る普遍闘争状態になり、普遍支配構造が生まれた。15%の支配階層と、85%の被支配階層に分かれたのだ。
200
年前に近代社会が生まれ、初めてこの状態を脱することができた。この近代のプロジェクトを展開していかなければ、普遍支配構造に逆戻りしてしまう可能性もある。この点を考えていく必要がある。

橋爪氏)竹田氏より問題提起のあった人口問題については、所得が高くなること(3000ドル以上)、母親の学歴が高くなること(中学卒業以上)の二つが満たされれば、人口が減少することが既に証明されている。これに加えて老後の心配がなければ、子どもの数は減少する。この三つを進めることで人口問題は解決する。
老後の問題には、ロボット技術の進んだ日本が有利なポジションにいると思う。

(今後の予定)

司会者より、来年の1月〜3月の間に今回の対談の第2ラウンドが行われる予定であること

が連絡された。

以上